King Gnuやばい!常田さん宝!
もう私、King Gnuを知ってね、ダメになりそうになりました。
もう腰も砕けてですね、家庭もあるのですが崩壊させるんじゃないかと思うくらいにぞっこんラブになってですね、食事もあまり喉を通らなくなって、なんと1週間で3㎏減りました。
どんなダイエットも続かなくてぽっちゃりを脱せなかった私がですね、だんだん痩せてツヤツヤしてくる。
薬事法とか細かいことはわかりませんが、効能がすごいんですよ、King Gnu。
まず4domesitimeの一発目はKing Gnuしかないなということで、彼らの何がどう良いかってことを説明していこうと思います。
正直、専門的な知識に乏しい私なのですが、どうにもこうにも書かずにはいられません。
最初は今回だけでKing Gnuの説明を完結させようと思いましたが、どうやら、そんな簡単にまとめられそうにないので、何回かに分けて書いていこうと思います。
今回はKing Gnuの中心的人物の常田大希さんについて私の思いのたけをつづります。
全ては常田大希さんから創造される
King Gnuにはたくさんの素晴らしいところがあるのですが、まず絶対最初に触れておきたいのは常田大希(ツネタ ダイキ)さん。
この方はKing Gnuはもちろん、これからの時代を担うような大人物だと確信しています。
作詞、作曲、映像、ギター、ボーカルなどなど、何でもマルチにこなされる中心人物です。
この方の優れた審美眼から選りすぐりのメンバーが集められているようで、プロデューサー的なセンスも持ち、バランス感覚にも大変優れた方です。
超難関の東京芸術大学に入学しチェロを専攻されていましたが、中退されています。
そもそも、以前から音楽活動はされていたようで、その後はそちらに専念され今に至るようです。
絶妙なバランス感覚と常人離れしたセンス
トーキョー・ミクスチャー・スタイルとご自身で新しいスタイルを称されていますが、まさにその通りだなと思いました。
彼の織り成す世界観では、様々な要素が絶妙なバランスでもってミックスされ、それらが誰もがまだ聞いたことのないような音楽を生みだしているのです。
ご自身はブラックミュージックを好まれるとのことですが、制作される楽曲には一つのジャンルには決して収まらないような、信じられないくらいに雑多な要素がそこかしこにカッコよく配されています。
クラッシック的な壮大な物語性を感じる楽曲もあるかと思えば、疾走感のあるロックテイストの強いものもありますし、踊らずにはいられないようなダンスミュージックもありますし、芸術的でプログレッシブなものもありますし、壊れてしまいそうなほどに繊細な旋律のものもあります。
で、驚くことに、そのどれもが大変ポップなのです。
めちゃくちゃ難解なことがたくさん詰め込まれているのにとてもポップなのです。
私だって今まで色々聞いてきましたが、難しくて挫折してきている音楽もたくさんあります。
で、この感じの音楽は絶対聞けなかったと思うのも、King Gnuのだったら聞けたんですよね。
それにもびっくりしたんですよ。
何でこれ私いけるんだろうって。
私のような専門性のない人間でも、えげつないくらいに難解な音楽のその良さがわかって、なんだこれめちゃくちゃカッコいいじゃないかと、もう本当にマジで生きててよかったとひっくり返りながら猛烈に感動したのです。
どうしてこんなことが可能になるのか本当に不思議で仕方なくて、もうすごいとしか言いようがないのです。
ワードのセンスももうヤバすぎる
作詞もされていて、その言葉の使い方や詩の世界観が最高で、どう表現すればいいか難しいのですが、言葉や文章として理屈で耳に聞こえてくるだけではなくて、その一つの楽曲の世界観として心に響いてくるのです。
詩も曲そのものの旋律として響く感じで、それは聞こえているものでもあり、イメージとして見えているものでもある感じがします。
そんな詩が、井口さんのボーカルによってまさに意味を奏でる楽器のように響いたり、時には演劇のような情動にあふれた言葉となったりして私達の心を揺さぶります。
常田さんのボーカルは、彼自身の高い精神性をまといながらも、大変、世俗的に、身体的に響き、直に聞こえてくるという感じがあります。
それぞれのボーカルの持ち味を存分に生かされるような形で、絶妙な詩の世界観が楽曲全体を象徴するような意味を奏でるのです。
常田さんの世界観にはエンドレスで浸れる
一つの楽曲には、それを制作している人の人となりが赤裸々に出てしまいます。
ですので、大好きな曲でも、エンドレスで聞くことができないものも多かったりします。
なぜなら、中にはその制作者の辛さであったり苦しさであったりが伝わってくる曲があるからです。
常田さんの音楽からは、崇高さ俗さ、綺麗さ泥臭さのような陰陽のバランスを感じるんですね。
でも、そのバランスっていびつであることが人間の常だったりして、そこが面白いところでもあるじゃないですか。
そういった部分を私たちの想像を超える形の音楽にされているような感じがします。
で、その音楽を聞くと、使ってなかった脳の一部分に電気を通されるような感じがあってね。
気づきのような感動と共に、やっちゃえとか、いいじゃんといった感じの前向きな気持ちや、音楽の楽しさ、ワクワクする気持ち、粋さ、おしゃれさ、素晴らしさなどなど、とにかくいい気分になれることが伝わってくるんですね。
とっても心地いい。
だからエンドレスで聞いていられるのです。
こうやって書いている今もずっと流れ続けています。
ソロ活動millennium paradeにも撃ち抜かれてしまった
常田さんはですね、他にも、perimetoronというクリエイティブ集団を立ち上げてMVなどの映像作品や企業広告などを手掛けていらっしゃいます。
King GnuのMVもperimetoronで制作されています。
さらに、millennium paradeというソロ名義の音楽活動もされています。
これがまたすごくてですね、めちゃくちゃおしゃれで最高でね、King Gnuとは全然趣の違う感じなんですよね。
現代アートといった趣で、大変洗練されているわけですよ。
常田さん底のしれない懐の深さに震えます。
もっともっととすぐに欲しがって申し訳ないけれども、こちらの動向も見逃せません。
常田大希さんがまぶしすぎて直視できない!
だいたい常田さんはルックスもかっこよすぎるので、簡単にそちらに心を持っていかれがちですが、そうやってただイケメンおしゃれ兄さんとして消費されるような人では決してありません。
彼は、間違いなく宝なんですよ!
中途半端なセンスであーだこーだ言っている私なんかには、こんな素晴らしくてピカピカした宝はまぶしくて直視なんてできないくらいです。
King Gnuはダイナミズムのアートだ!
そんな常田さんが手がけているKing Gnuはもうそれ自体がアートなんですね。
ただすり減らし続けられるだけじゃなく、その勢いを余裕で超えるほど、涸れることのない泉のようにとうとうとその水量を増やしながら湧き上がるような、底のしれないエネルギーがあるんですね。
それはまさに常田さんもどこかで言及されていましたが、King Gnuの名前の由来でもある、ヌーが一頭一頭集まってきて大きな群れを成す様のように、King Gnuというバンドはどんどんその群れを大きくしてそのうねりを大きくしているからにほかなりません。
今という即時性をはじめ、プレイヤー、技術者、テクノロジー、ファンなど、色んなものを巧みにその群れに取り込み、巻き込んでいるからなのです。
King Gnuというバンドはそうやってダイナミズムを表現していて、これからもそれをもっと派手にそれを表現されていくんじゃないかなと思います。
King Gnuの今を最大限楽しむ!
それと、これは私だけじゃなく多くの人が感じていることだと思いますが、どうも、King Gnuを永遠に続けてくれるように思えないんですよね。
常に前に前に進み続けていく常田さん。
新たなひらめきがあったなら、そちらに移行されていくような気がしてなりません。
それももちろん楽しみではあるのですが、ファンとしてはKing Gnuも長く見ていきたいわけです。
しかし、天才には誰にも見えない引き際が見えることもあるようです。
もちろんもしかしたら、長く続けられるのかもしれないけれど、とにかくもうそういったことも考えないでおきます。
King Gnu、常田大希さんに熱狂している今を常に最大限に感じ、そこに永遠を見たいと思います。